【選手】ケニー・ダルグリッシュ

2017-06-16

選手紹介コーナー。今回は時代をグッと遡って、レジェンド、ケニーダルグリッシュ。キング・ケニーの登場です。
KOP達から絶大な支持を受ける、レジェンドの中でも別格の存在。現在でも、よくアンフィールドに訪れていますね。
その功績はリヴァプール以外でも多いに称賛され、故郷、スコットランドのグラスゴーでは名誉市民。イギリスからは大英帝国勲章勲5等、MBEを授与されています。

プレースタイル

体格にはそれほど恵まれていないものの、抜群のテクニックでゴールを量産するアタッカー。
前線で大柄な選手があまり活躍しないというのは、この頃からの伝統なんですかねえ。
抜群の得点能力を誇るが、チャンスメイクにも長けていたようです。

ちょっと離れた位置から狙い済ましたシュートがすき。
短パンに時代を感じるなあ。それから喜び方。なんか凄い素朴でいいですね。ゴール後のパフォーマンスも時代と共に洗練されていったのでしょうか。

輝かしい経歴

1977年にエース、ケヴィン・キーガンの後釜として加入すると、加入初年度に20得点の大活躍。約10年の在籍期間の間、公式戦172得点を記録。2度の得点王を獲得しています。
チームとしても7回のリーグ優勝、3回の欧州制覇。まさに黄金時代の中心メンバーでした。

二度の監督就任

キャリアの後半には選手と兼任し監督も務めています。
就任したのは1985年。ヘイゼルの悲劇の直後の事でした。
難しい時期だった事でしょう。
しかしリーグとFAカップの二冠を獲得。その後もリーグを2度、FAカップを1度、合計5つのタイトルを獲得しています。1991年に退団。
1990年。現在リヴァプール最後のリーグ優勝は、ダルグリッシュの指揮によってもたらされたものです。

監督在任中の1989年には、ヒルズボロの悲劇も経験しています。

2度目の監督就任は2011年。
絶不調、12位で年を越したクラブは、ロイ・ホジソン監督を解任。
どん底のチームを立て直す大役を、圧倒的カリスマ性を有するレジェンドに託します。6位となんとかチームを立て直し、翌年も続投。
しかし8位と振るわず、退任しています。
リーグ戦では結果を残せませんでしたが、カップ戦では優勝。これが2017年現在、リヴァプールの最後のタイトルとなっています。

第二次政権期は采配批判も多く聞かれました。しかしどん底にいたチームを立て直せたのは、キング・ケニーだったからこそかもしれませんね。

ケニー・ダルグリッシュ・スタンド

2017年5月、クラブはダルグリッシュの長年に渡る貢献を讃え、アンフィールドのセンテナリー・スタンドを「ケニー・ダルグリッシュ・スタンド」と改名する事を発表しました。

おお!ごく限られたエリアかと思ったら、この全区画なんですね!いつもアンフィールドで観戦してるエリアかな?

クラブも粋な事しますね。

こうして見るとダルグリッシュという人は、黄金時代の象徴、2つの悲劇をクラブの中心で経験した人物、2度の危機を救った指導者。
まさに唯一無二のレジェンドですね。
キング・ケニー。リヴァプールの歴史の生き証人。いつまでもお元気で。

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